あの試験は今・・・JUPITER試験 ― 2010年05月15日
rosuvastatinの心血管イベント初発予防効果を調べたJUPITER試験は、2008年に結果が発表されると大きな反響を呼びました。外見上は健康に見える人の中から高感度CRP検査を用いて本当はリスクの高い患者を発見し、rosuvastatinで治療するという斬新な手法を巡って、賛否両論が沸き起こりました。
アストラゼネカは欧米で効能追加申請を行いましたが、部分的にしか承認されませんでした。FDAはCRP値が高いだけでは不十分と判定し、欧州に至っては添付文書にCRPという言葉が一言も出てきません。ポストホック・サブグループ分析という不確かなエビデンスに基づいて効能を記述していて、CRPをネグレクトしました。
なぜ、私達の評価と承認組織の評価がこんなに大きく分かれたのでしょうか?私達の知らないデータがあったからです。高感度CRP検査の重要性を検討する上で重要なサブグループ分析の結果が、学会発表や論文から抜け落ちていたために、治験結果を正しく理解することができなかったのです。意図的とは思いたくありませんが、事前に計画されていた重要な解析であることや、データの内容が高感度CRPの有用性に疑いを持たせるようなデータであったことを考えれば、不都合な真実を秘匿したのではないかという疑いを持たざるを得ません。
最初にアメリカの添付文書を見てみましょう。承認された適応は、冠状心疾患をまだ経験していないが複数のリスク因子を持っている患者の心筋梗塞、脳卒中、動脈再開通施術のリスク削減です。具体的な要件は、男は50歳以上、女は60歳以上で高感度CRP値が2mg/L以上の人のうち、高血圧やHDL-C低値、喫煙、早発性冠状心疾患の家族歴のうち一つ以上に該当する患者となっています。JUPITER試験は高血圧症などのリスク因子を持たない人も組み入れていたのですが、このサブグループに対する効能は明確ではないと判定されました。年齢と高感度CRPだけしか該当しない患者(n=1405)のポストホック分析で治療効果が見られなかったと記されています。
次はヨーロッパの添付文書です。適応症は高リスク患者の主要心血管イベントの初発予防。高リスク患者の具体的な定義は記されていません。最初から最後まで、CRP検査には言及せず、JUPITER試験の対象が高CRP値患者であったことすら記されていません。治験成績についても主評価項目には触れず、ポストホックのサブグループ分析の結果だけが記されています。一つはアメリカのNCEPガイドラインでも採用されているフラミンガム・スコアが20%以上だった1558人のデータで、心血管死・脳卒中・心筋梗塞が偽薬比顕著(p=0.028)に低下し、絶対リスク削減率は1000人年当り8.8というものです。もう一つはヨーロッパで開発されたSCOREに基づいてリスクが5%以上と推定された9302人のデータで、リスクが有意に減少(p=0.0003)し、絶対リスク削減は1000人当り5.1でした。どちらのサブグループ分析でも、全死亡は有意差がありませんでした。治験の趣旨や意義が全く汲み取られていない、大変意外な内容です。
CRP検査の意義が矮小化された理由は、ベースライン時点のCRP高値グループと低値グループに分けたサブグループ分析が奇妙な結果になったからでしょう。JUPITER試験は、高感度CRP値が2mg/dL以上の患者はLDL-C値などが正常であってもリスクが高い、あるいは、rosuvastatinの治療効果が大きいという前提の下に実施されたのですが、2mg/dL未満の人が組み入れられていないので前提の妥当性を検討することはできません。ヒントになりそうなのがCRP値が被験者の中央値以上だった患者と以下だったグループに分けて実施されたサブグループ分析です。昨年12月にFDAが諮問委員会で公表した資料によると、rosuvastatinはどちらのサブグループにも効果があったのですが、この二つのグループの偽薬群のイベント発生率はほぼ同じ(中央値以上のグループは13.7%、以下のグループは13.5%)で、高いグループのほうがリスクが高いようには見えませんCRP値が4mg/dLより上か下かで分けたサブグループ分析を見ても、同じです。rosuvastatinのリスク削減率を見比べると、中央値より低いグループや4mg/dLより低いグループはリスクが5割以上低下したのに、高いグループは3割程度でした。CRP値が2mg/dL以上であることだけが重要で数値が特に高くても問題は無い、という仮説も立てられますが、しかし、常識的に考えれば数値が高ければ高いほどリスクが高そうなものです。
このデータは事前に計画されていた重要な解析であるにも係わらず、学会・論文発表では割愛されました。何か特別な理由があったのかもしれませんが、一般的に、結果が出た後で都合の良いデータを選んで発表するのは禁じ手です。治験論文のサブグループ分析の表にはポストホック分析も載っているので、スペースの制約が理由とは思えません。
「JUPITER試験はここが変だ」に書いたように、この試験は全死亡に有意差があったことが喧伝されましたが、心血管疾患による死亡数や有意差の有無については明らかにされませんでした。有意差は無かったのですがトレンドは見られましたので、不都合な真実を隠したと文句を言うほどではありません。しかし、CRP高値と低値のサブグループ分析が公表されなかったのは残念です。
JUPITER試験のここが分かった ― 2009年03月07日
JUPITER試験の発表は学会でも医学誌でも大変な反響を呼びました。New England Journal of Medicine誌がウェブサイトで読者の評価や意見を募集したところ、二つの質問に2553人が回答し、コメントを寄せた人が473人いたそうです。「健康な成人のスクリーニング方法を変えるべきか」という質問も、「外見上健康な成人もスタチンで治療すべきか」という質問も、賛成と反対が拮抗しました(前者は49%対51%、後者は48%対52%)。多数決で決まる問題ではありませんが、納得していない人が多いことを考えれば、JUPITER試験の経験を礎にして一歩先に進むための臨床試験が必要でしょう。
ところで、Correspondanceとその回答が掲載され、JUPITER試験の謎の一つであった、心血管疾患で亡くなった人の数が明らかになりました。この試験は第三者委員会が厳格な判定基準に基づいてアジュディケーションしたため、担当医の評価が覆された例が多かったそうですが、何れにせよ、rosuvastatin群は35例、偽薬群は43例。ハザードレシオは0.82で有意差はなかったのですが、点推定値自体は全死亡の0.80と同程度でした。
私たちアジア人に重要な情報としては、rosuvastatinの曝露が2倍になるという書簡がありました。作用機序からいえば血中濃度より肝臓に取り込まれる量のほうが重要なのでしょうが、JUPITER試験の20mgは日本人には10mgと考えたほうが良いでしょう。
糖尿病リスクについては、rosuvastatinはCORONA試験でも高かったという書簡がありました。pravastatinの試験ではむしろ少ないトレンドがあり、simvastatinやatorvastatinは中間なので、LDL-C低下作用と逆相関しているとのことです。これに対して、論文著者は、糖尿病を発症した人は肥満や空腹時血糖異常が多く、rosuvastatinの治療メリットが大きかったはずと反論しています。
ENHANCE試験 FDAの評価 ― 2009年01月10日
ezetimibeはアテローム性疾患に十分な効果がないのか?ENHANCE試験の結果は大きな議論を呼びました。FDAも分析を行っていましたが、結論が出た模様です。IMPROVE-IT試験の結果が出るまでは、ezetimibeとsimvastatinの合剤であるVytorinを服用している患者は服用を止めるべきではなく、もし疑問があるなら担当医に相談すべしというものです。リンク:FDAの発表内容
ENHANCE試験は家族性高脂血症(LDL-C受容体の遺伝子変異が原因でコレステロール値が著しく高い)を対象とした2年間の頚動脈内中膜肥厚(cIMT)試験で、ezetimibeとsimvastatinの併用効果をsimvastatinと比較しました。LDL-C低下率では56%対39%と有意な差が出ましたが、cIMTでは有意差が出ませんでした。それどころか、併用群は+0.011mm、単剤投与群は+0.006mmと数値上は悪い結果でした。
しかし、FDAは、これまでの立場、即ち、高LDL-Cは心血管疾患のリスク因子でありLDL-C低下治療はリスクを削減するという考え方を変える必要はない、と結論しました。
FDAによれば、過去のcIMT試験におけるLDL-C値とcIMTの変化の関係から推測すると、併用群は-0.03mm、simvastatin群は+0.02mmとなるはずです。意外な結果になった理由として考えられるのは、
- 治験開始前からコレステロール治療を受けていて元々のcIMT値が正常に近い患者を組み入れたために、治療効果の差が表面化しにくかった。
- 2年間という治験期間が短すぎた。
- ezetimibeの未知の特性がLDL-C低下による良い作用を相殺した。
などです。FDAは、長期大規模アウトカム試験INPROVE-ITの結果が2012年に出るのを待って改めて検討する考えのようです。
今回の発表で興味深いのは、eztimibeにアテローム退縮作用がない可能性も否定していないことです。報道ではFDAがお墨付きしたように書かれていますが、実際は、結論を出すのを先送りしたような格好です。
ところで、ACCの情報提供ウェブサイトで関連のありそうなアンケートを見つけました。半年前に急性心筋梗塞を起こしたことがあり、simvastatinを一日40mg(欧米の標準的用量)服用していて、LDL-C値は109mg/dLの患者にどのようなコレステロール治療を行うか、以下の選択肢から選べ、というものです。1月10日現在の回答を見ると、219件の回答の分布は、
- simvastatinを80mg(最大承認用量)に増やす:31%
- ezetimibeを追加する(合剤にスイッチする):20%
- atorvastatin 80mg(最大承認用量)にスイッチする:23%
- rosuvastatin 20mgにスイッチする:19%
- 今は変更せず、1年後にもう一度コレステロール検査をする:5%
となっています。結構分散していますね。設問の患者はENHANCE試験の対象とは異なりますが、多くの医師が、ENHANCE試験の結果は他の患者にも当てはまると考えているのでしょう。最初の選択肢は奇妙で、simvastatinの40mgと80mgを比較したアウトカム試験では、臨床的転帰に有意差はありませんでした。LDL-C値は97mg/dL程度に下がるでしょうから、NCEP ATP IIIガイドラインが推奨する目標値は達成できることになりますが、simvastatinは3A4相互作用リスクが比較的高いので悩ましいところです。
3と4の選択肢も直接比較アウトカム試験は実施されていないので、エビデンスは万全ではありません。LDL-C値は3が86mg/dL、4も84mg/dL程度に低下するでしょうから、simvastatin増量よりは効果があるでしょう。但し、Vytorin 10/40mgなら77mg/dLともう少し下がるでしょう。
atorvastatin 80mgはPROVE IT試験など複数の試験で忍容性が確認されています。rosuvastatinの20mgはJUPITER試験で用いられ、糖尿病発症率がやや高かったものの、副作用リスクは全体的にリーズナブルなものでした。
このように、2から4までの選択肢は一長一短です。LDL-CはLower is betterなので、2年前なら2か3が一番人気だったのでしょうが、ENHANCE試験で2の人気が下がり、JUPITER試験で4の株が上がったのでしょう。
JUPITER試験はここが変だ ― 2008年11月24日
Crestor(rosuvastain)を用いた心筋梗塞初発予防試験、JUPITER試験の結果が反響を呼んでいます。治験論文が刊行されたNew England Journal of Medicine誌がウェブサイトで用意したコメント・コーナーには、453件の読者の声が寄せられました。心臓学のエキスパートであるTopol博士のtheheart.orgのビデオ・ブログでも、CardioSourceのフォーラムでも、過去にないほど多くの意見が寄せられています。
JUPITER試験は客観的に見れば大変良い結果だったのですが、賛否両論に分かれています。hsCRPという臨床検査マーカーを用いて高リスク患者をスクリーニングするというコンセプトがノイズになっているようです。以下、JUPIER試験の良いところと、おかしなところを検討してみましょう。
JUPIER試験関連リンク
JUPITER試験はここが凄い
JUPITER試験は、心血管疾患既往でも糖尿病でもなく、LDL-C値もHDL-C値も正常な中高年、つまり現在の治療ガイドラインではスタチンの適応にはならない人のうち、hsCRPが高い(2mg/L以上)人をスクリーニングして、強力なLDL-C低下作用を持つrosuvastatin(一日20mg)で血管性疾患初発予防を行った、無作為化偽薬対照二重盲検試験です。世界26ヶ国の施設で17802人を組入れ、03年から08年にかけて実施されました。
中間解析で主目的が達成されたため、メジアン追跡期間1.9年間で繰り上げ完了しました。主評価項目(心筋梗塞、卒中、動脈再建術、不安定性狭心症による入院、または心血管疾患による死亡の複合評価項目)の100人年当り発生率は0.77と偽薬群の1.36を有意に下回りました(ハザードレシオ0.56、95%信頼区間0.46-0.69、p<0.00001)。
スタチンの初発予防では、高LDL-C患者を対象としたWOSCOPS試験、LDL-Cは正常だがHDL-Cが低い患者を対象としたAFCAPS/TexCAPS試験、高血圧患者を対象としたASCOT-LLA試験などが、冠状心疾患を30-40%減らすことに成功しましたが、40%以上削減したのは初めてです。LDL-C値を平均108mg/dLから50mg/dL台に下げた試験も初めてです。白人以外の人種や女性、メタボリックシンドロームなど、他の試験ではあまり組み入れられていないサブポピュレーションのエビデンスという意味でも価値があります。
また、rosuvastatinの血管性疾患リスク削減効果が確認されたのも、大規模長期試験で忍容性が確認されたのも、初めてです。大変意義のある試験と言えるでしょう。
この試験のもう一つの意義は、広く用いられている用量とそれほど変わらない20mgをテストしたことです。Lipitor(atorvastatin)は一日80mgを投与した試験で、冠状心疾患予防効果が同剤の20mgやpravastatinの40mgを有意に上回りました。しかし、Lipitorの欧米での典型的な用量は10-20mgで、アグレッシブ治療試験が成功した後も、80mgの需要はそれほど増えませんでした。使い慣れた用量を4-8倍に増やすのは抵抗があるのでしょう。rosuvastatinの欧米の需要は殆どが10mgですが、今回の20mgは2倍でしかありません。増量に対する抵抗感はLipitorほどではないでしょう。また、10mgでも(効果は小さくなりますが)ある程度の効果はあるでしょう。
尚、rosuvastatinは日本人や中国人は半分の量で足りるようです。日本の典型的な用量は2.5mgらしいので、今回の試験用量は4倍に相当しますが、それでも、Lipitorの80mgやpravastatinの40mgのように日本では承認されていない用量の試験のデータよりは、実践的な情報といえるでしょう。
JUPITER試験はここがおかしい
一方で、JUPITER試験のデザインと意図を解説した論文や今回の論文を読むと、釈然としない点もあります。また、JUPITER試験の結果が発表されたAHA科学部会の記者発表では、発表者のP. Ridker博士が、奇妙な受け答えをしていました。
第一の疑問点は、hsCRPでスクリーニングする手法の検証が十分か、ということに関連します。hsCRP検査自体の信頼性に関しても、変動するので一度の検査だけでは判定できないとか、リウマチなど自己免疫疾患によるhsCRPの上昇をどう扱うか、あるいは、保険は付くのかというような意見が出ていますが、議論を複雑にしているのは、以下のノイズです。
- Ridker博士は、hsCRPなどのバイオマーカーを用いて心血管リスクを評価する方法に関する特許の発明者であり、利害相反があること。
- JUPITER試験は低hsCRP患者を組み入れていないので、高hsCRP患者のほうが血管性疾患リスクやスタチン応答性が高いとは言えないこと。
- 他の初発予防試験と比較しようと試みても、主評価項目が異なるので比較できないこと。
- Topol博士が指摘しているように、JUPITER試験に参加した患者のうちhsCRPがメジアン値以上の患者と以下の患者のサブセグメント分析を行えば参考になるはずですが、どういう訳かデータは発表されていません。
- 学会発表によれば年齢とhsCRP以外にリスク因子を持たない患者にも効果があったのですが、該当者は6375人と全体の半分以下に過ぎません。また、ハザードレシオの点推定値は全患者のそれより若干劣るようです(信頼区間が広いので有意性はありません)。
- 治験論文の抄録には「外見上は健康な」中高年を対象にしたと記されていますが、メタボが4割を占めるので必ずしも健康とはいえません。また、サブセグメント分析の図を見ると被験者の過半が高血圧症だったのですが、患者背景の表には明記されていません。この治験は高血圧でも190/90 mmHg以下なら参加することができたので、血圧管理が不良な患者が多く組み入れられていた可能性があります。JUPITER試験の特徴は脳卒中が心筋梗塞と同じくらい発生したことですが、血圧をちゃんと治療した上で尚、rosuvastatinが脳卒中を減らすことができたのかどうか、明確にすべきでしょう。
新しいスクリーニング方法の有効性を吟味する時は、現在用いられている手法にどの程度上乗せできるか、限界効用が問題になります。JUPITER試験は年齢とhsCRP以外にも病気やリスク因子を持っている人が多く組み入れられたために、エビデンスとしての価値が曖昧になってしまいました。それどころか、論文や学会発表を見て、hsCRPの有益性に関するデータを出し渋っているのではないかという印象を受けました。
hsCRPを離れても、この治験のデザインと論文には変なところがあります。
- JUPITER試験の解析計画は相対リスク削減率25%、検出力90%ですが、rosuvastatinのLDL-C低下作用と、過去のスタチンの治験のLDL-Cと心血管リスクの関係から推測すれば、削減率が40%を超えるのは初めから予想できたでしょう。この治験はオーバーパワーだったのですから、中間解析で主目的を達成したことを過大評価すべきではないでしょう。
- 心血管疾患で死亡した患者数が公表されていないこと。主評価項目の一つであることを考えれば異例です。AHAが主催した記者会見で記者が質問したのですが、Ridker博士は明らかにしませんでした。この試験は第三者委員会が主評価項目症例のアジュディケーションをしたのですが、判定基準が厳しいために、心血管疾患死と確認された症例数を明らかにするのはミスリーディングになってしまう、とのことでした。しかし、アジュディケーションが信用できないなら主評価項目も信用できないはずです。何れにせよ、この試験は、意図的に隠されているデータがあることになります。
- rosuvastatin群は糖尿病発症が有意に多く、また、腎臓障害や肝臓障害が多いトレンドが見られました。発生率の群間差はそれぞれ0.6%、0.6%、0.3%なので小さいですが、治療効果(主評価項目の発生率の差)も1.9年間で1.2%程度なのですから軽視はできません。糖尿病も腎肝障害も、アジュディケーションを受けていないでしょうからデータの信頼性は低いことになりますが、本試験のように小さな治療効果を検出する試験では、有害事象の小さな差も十分に検出できるように、安全性のアジュディケーションも行うべきだったのではないでしょうか。
読者の書き込みを読んで感じるのは、従来からhsCRPに前向きだった人は更に前向きになり、批判的だった人は現在も批判的で、どちらでもなかった人は一部が前向きに変わったのではないか、ということです。JUPITER試験は一歩前進ですが、決定的なエビデンスにはなりませんでした。
SEAS試験は鈍感力が必要 ― 2008年07月27日
Vytorin(simvastatinとezetimibeのコンビ薬)のアウトカム試験、SEASの結果が発表され、アメリカのマスコミを賑わしています。ENHANCE試験に続いてまた臨床的な転帰を改善する効果が確認されなかったことに加えて、癌の発生に偏りがあったこと、そして、正式な学会・論文発表ではなく主導した研究者がプレスリリースと記者会見で発表するという異例さが波紋を大きくしたのでしょう。
私の印象では、騒ぎすぎです。マスコミも、研究者も、私たち聴衆も、一本の試験だけを見て喜びすぎたり、悲しみすぎたりするべきではありません。アウトカム試験は重要なエビデンスですが、後になって実は...という話が出ることは珍しくありません。結論を急がずに、他の試験で確認するという姿勢が必要でしょう。
それはそれとして、ezetimibeはいつになったら、アウトカム試験が成功するのですかね。既に沢山の人が使っているのですから、臨床的な転帰を改善することができるのかどうか、この点に関してはもっと早く答えを出すべきだったのではないでしょうか。
SEAS試験の概要
- 大動脈弁狭窄症の治療におけるコレステロール低下剤の効果を確認する無作為化偽薬対照二重盲検試験。北西欧の医療施設173箇所で2001年から2008年にかけて実施。
- 対象は45-85歳の無症候性軽中度大動脈狭窄症患者で、リウマチ熱などによるものは対象外。主な除外条件は、症候性心不全、冠動脈などの血管疾患、二型糖尿病や高脂血症などコレステロール低下剤が適応になる患者など。
- Vytorin群はsimvastatin 40mgとezetimibe 10mgを配合した薬を、偽薬群は偽薬を一日一回投与。フォローアップ期間は4年間。
- 患者背景は、平均年齢68歳、女が39%、平均駆出率68%。大動脈閉鎖不全(グレード2-3)が見られたのは15%、僧帽弁閉鎖不全は1%。51%が高血圧症、19%が喫煙者。LDL-C値は平均139±36mg/dL。
- 主評価項目は大動脈弁狭窄症関連イベントとアテローム硬化関連イベントの複合評価項目。二次的評価項目は大動脈弁狭窄症関連イベント(弁置換術の施行、心不全による入院、心血管死)のみと、アテローム関連イベント(非致死的心筋梗塞、冠動脈バイパス術、経皮的冠介入術、不安定狭心症による入院、非出血性脳卒中、心血管死)のみの解析。
- 試験薬群のLDL-C値は半年で偽薬比76mg/dL(61%)低下。
- 主評価項目の発生数は試験薬群が333人、偽薬群は355人。ハザードレシオは0.96、95%信頼区間0.83-1.12で、有意差はなかった。
- 二次的評価項目の大動脈弁狭窄症関連イベントは同様に308人対326人、0.97、0.83-1.14で有意差なし。アテローム硬化関連イベントは148人(15.7%)対187人(20.1%)で、統計的に有意な差があった(相対リスク削減率22%、95%信頼区間3-37%、p=0.02)。
- 試験薬は全般的によく忍容された。服用を止めた患者は両群同程度だった。
- 癌の有害事象は各93人(9.9%)対65人(7.0%)で、未調整p値は0.03。癌による死亡は39人(4.1%)対23人(2.5%)で未調整p値は0.05。癌の種類に偏りはなく、また、投与期間が長いほど差が拡大するような傾向は見られなかった。
- 癌に関する所見は規制局やスポンサーであるメルク、そしてVytorinの他の二本のアウトカム試験を実施している研究者にも報告された。オックスフォード大学の生物統計学・疫学者であるRichard Peto博士は、IMPROVE-IT試験(急性冠症候群を対象にVytorin 40/10mgとsimvastatin 40mgを比較)とSHARP試験(慢性腎疾患を対象に偽薬、Vytorin 20/10mg、simvastatin 20mgを比較)の進行中の二試験の途中データを用いて、SEAS試験から浮上した仮説を検証したところ、否定的な結果が出た(リスクが1.5倍であるとの仮説が棄却された)。IMPROVE-IT試験とSHARP試験の癌の発生数は試験薬群が313例、対照群が326例で、うち死亡例は97人対72人だった。特定の癌種との関連や、投与期間とリスクの相関性も見られなかった。
- 参考リンク:
- オックスフォード大学臨床試験サービス部・疫学試験部のリリース:
- Independent analyses of the SEAS, SHARP and IMPROVE-IT studies of ezetimibe(pdfファイル)
- Independent analyses; Sir Richard Peto's slides(pdfファイル)
- Results from tthe SEAS (Simvastatin and Ezetimibe in Aortic Stenosis) Study
- 記者会見のウェブカスト(プレゼンテーション用スライドが見れないのが残念)
- Cardiosource:Trial Summary
- theheart.org:Vytorin misses primary end point in SEAS study
- theheart.org:Cardiologists put their oar into rocky SEAS and debate the results
スタチンは服用者がたくさんいるので疫学的試験の題材として人気があり、これまでにも服用者は癌が少ないなど、色々な論文が出ています。大動脈弁狭窄症は病気の発生メカニズム自体にコレステロールが関与している可能性があり、前向き試験で効能を確認したのですが、最初の大規模な試験であるSEASは失望的な結果になりました。記者会見で発表した、運営委員会の会長であるTerje Pedersen博士(ノルウェーのUlleval University Hospital)は、効果はなかったと断言しています。スタチンの適応になる、高脂血症患者や冠動脈疾患患者ならともかく、単に大動脈弁狭窄症というだけでは、LDL-C治療の適応にはならないのでしょう。一つの試験だけで即断すべきではありませんが、おそらく、同じような試験はもう実施されないでしょう。この試験自体が、当初はsimvastatinの試験として開始されたにも関わらず、患者が集まらずに資金不足に陥り、メルクに追加支援を求め、Vytorinの試験として再ロンチされたという経緯があります。
アテローム硬化に関連する合併症のリスクを削減する効果が見られたのは、他の疾患における過去の治験と同じで、違和感はありません。しかし、この発見を喧伝するのは不当でしょう。第一に、評価方法の客観性に疑問が残ります。スタチンの最大の効能は心筋梗塞削減で、本試験でも偽薬比半減したようですが、イベント数自体は少なかったようです。アテローム関連イベントのうち大きな差が出たのは、冠動脈バイパス術でした。記者会見でのコメントによると、心臓弁置換術と一緒に施行されることが多いそうですが、試験薬群は一緒に行わない例が多かったようです。LDL-C治療薬の試験は二重盲検といってもLDL-C値検査をすれば分かる訳ですから、医師の判断に左右されるイベントは注意が必要です。第二に、LDL-C値に61%もの差があったのに、リスクが22%しか低下しなかったのは失望的です。LDL-C値の低下幅と虚血性心血管イベントリスクには相関性があり、他の適応症なら76mg/dLもの差があればもっと大きなリスク削減が実現できたはずです。心筋梗塞は半減した訳ですが、逆にいえば、本試験の対象となった患者は心筋梗塞を予防してもあまり意味がないことになります。第三に、この試験はコンビ薬と偽薬の比較で、ezetimibeという薬だけの効能については何も語ることはできません。
癌に関しては良く分かりません。スタチンの試験では、高齢者を対象としたpravastatinの試験で偏りが発生したことがありますが、数々の試験のメタアナリシスの結果では、癌のリスクはないということになっています。とはいえ、発がん物質と認定されている物質でも実際に癌を起こそうとしたら何年も投与し続けなければならないことを考えれば、4-5年間の試験で答えを得るのは難しいでしょう。
この試験はコンビ薬の試験なので、犯人がsimvastatinなのか、それともezetimibeなのか、はっきりしません。IMPROVE-IT試験はVytorinとsimvastatinの比較なので犯人探しをする上で重要な試験ですが、まだ組み入れが完了していないくらいで、フォローアップ期間は短いでしょう。SHARP試験はsimvastatin群の組入れ数が他の群の四分の一と少なく、事実上、Vytorinと偽薬の比較です。
Peto博士の統計学的検証は、リスクが1.5倍という仮説を棄却しましたが、逆にいえば、1.4倍である可能性は残っています。リスクがあるかもしれないし、ないかもしれない、という程度のことしかいえないのです。
本試験では、アテローム硬化関連イベント防止効果も、癌のリスクも、p値は同程度でした。正式な評価項目のほうがデータの信頼性が高いのですが、一方で、主評価項目が達成されなかった時は二次的評価項目が成功しても慎重に考えるべきです。また、効能と安全性は、程度は同じでも前者は慎重に、後者は深刻に、受け止めるべきです。癌の所見は偶然でVytorinのアテローム硬化防止効果は真実、という玉虫色の解釈は不当でしょう。
Robert Califf博士(IMPROVE-IT試験の主導研究者の一人)は、記者会見に電話で参加したため声がスピーカーから天の声のように流れました。実際、博士の主張が一番合理的に聞こえました。臨床試験一本の結果に過敏に反応してはいけない、様々なエビデンスに照らし合わせて総合的に判断すべきだ、と、いつものように重々しい口調で述べたのです。
Vytorinは現在の医学が抱える様々な縮図であり、だから議論に尾ひれが付きがちです。今回の試験は、もし癌の問題が発生しなかったら、「Vytorinはアテローム硬化の悪化を防ぐという本来の役割は果たした」と学会で喧伝されたかもしれません。その結果、ezetimibeという活性成分の臨床的転帰改善作用は確認されていないという事実を私たちは忘れてしまうかもしれません。この問題は重要ですが、それはそれとして、野球選手が将棋で名人に勝っても負けても、世間話の対象にしかならないでしょう。
SEAS試験は、私たちにはまだまだ知らないことが多いということを教えてくれました。大事なのは材料不足を想像力で埋めることではなく、不確かなことを確かにするべく、臨床研究を続けることでしょう。製薬会社に対して、大規模長期試験を実施するよう要求し続けることでしょう。
EzetimibeはTG値を下げる? ― 2008年06月15日
医学者の対談を読んでいると、時々、あれっと思うことがあります。何年か前に医学誌の広告として掲載されていた血圧降下剤に関する対談で、エストロゲンには心血管疾患予防効果がありそうというコメントがあり、根拠として動物試験のデータがグラフで引用されていました。しかし、アメリカで実施された二本の長期大規模試験で全く効果が見られなかったことは言及されていませんでした。人種が違うので日本人にも効果がないのかどうかは分かりませんが、でも、マウスよりはアメリカ人のデータのほうが信用できるのではないでしょうか。
あるブログでezetimibeに関する研究者の対談を読みました。あれっと思うコメントがあったので、今回はこの点を検証します。
「エゼチミブはTGにも好影響を及ぼしますから,LDL-C値だけでなくTG値も高い複合型の患者にはエゼチミブをファーストラインとして使用し,厳格にLDL-C値を下げたい場合には,スタチンを追加するといった使い方もあると思います。」
何の予備知識もない人が読めば、スタチンはTGの治療にはあまり効かないので、LDL-CだけでなくTGも下げなければならない場合はエゼチミブのほうが良い、と誤解するでしょう。少なくとも、TGを下げる作用はエゼチミブのほうが高いと言っているように聞こえます。
アメリカのezetimibeのレーベルには、シェリング・プラウが行った一次性高脂血症ファーストライン試験の結果が出ています。偽薬(PBO)、ezetimibe(10mg)、スタチンの様々な用量、そしてezetimibeとスタチンの併用を比較した12週間の試験です。その中から、atorvastatin(アメリカでは一日用量10-80mgが承認されています)試験とpravastatin(同じく10-40mgが承認)試験のデータをグラフにしてみました。
ezetimibeとatorvastatin(クリックで拡大)
ezetimibeとpravastatin(クリックで拡大)

ezetimibeのTG低下作用は小さく、スタチンの最低用量と比べても見劣りします。とはいえ、日本人は特別なのかもしれません。そこで、日本の添付文書を読んでみると、臨床成績のところに以下のように記されています。
二重盲検比較試験
高コレステロール血症患者100例に本剤10mgを1日1回食後に12週間投与した結果,LDLコレステロールは18.1%,総コレステロールは12.8%,トリグリセリドは2.2%低下し,HDLコレステロールは5.9%上昇した。
日本人でも同じようです。尤も、これらのデータは高脂血症全般で、LDL-CとTGが特に高いタイプに限定されていません。ezetimibeのレーベルにはこのタイプの患者だけを対象とした試験のデータは出ていません。一方、atorvastatinのアメリカのレーベルにはFredrickson IIb型(LDL-CとVLDL-C、TGが高い)患者の治験データが出ています。一日10mgでTGが20%前後低下というもので、上記のデータと大差ありません。
こうしてみると、LDL-C値とTG値が高い患者にエゼチミブをファーストラインで使う、という意見には首を傾げざるを得ません。
この発言の趣旨は、本当は違うのかもしれません。論文とは異なり、専門家同士の対談は、何かの拍子に読者の存在を忘れて、注釈すべきことを失念したり、詳しい説明を端折ってしまうことがあります。私自身、仕事で同じような失敗を何度もしています。私たちは、対談の内容を鵜呑みにしないよう気を付ける必要がありそうです。
ENHANCE試験を巡る疑惑 ― 2008年04月20日
Zetia(ezetimibe)の頚動脈アテローム試験ENHANCEの結果発表が遅れたのは何故なのか?昨年Forbes誌が指摘した疑問が、再び浮上しています。メーカー側の説明では画像解析のトラブルが理由とのことでしたが、今年3月に発表された論文にはそのような問題があったとは記されていませんでした。都合の悪いデータを隠すために遅らせたのではないかという疑惑は下院のエネルギー・商業委員会が調査中ですが、4月11日に当時の関係者のEメールや記録が公表されたことから、疑惑が一層深まりました。
ZetiaとVytorinを共同開発・販売しているシェリング・プラウとメルクによれば、06年3月にlast patient last inを迎えた後、メーカー側でブラインデッド・データの品質チェックを行ったところ、様々な問題点が発覚しました。この試験では半年に一回のペースで頚動脈などの超音波画像を撮って変化を調べたのですが、同じ患者の画像とは思えないほど大きく変動しているケースが少なくなかったのです。是正努力を行いましたが、成功せず、エキスパート・パネルを招集して対策を検討させました。本来なら、治験の運営委員会やデータ監視委員会の仕事ですが、本試験では設置されていなかったのです。
メーカー側が07年11月19日に出したプレスリリースによると、このパネルは、解析をスピードアップするために主評価項目を変更して総頚動脈だけの解析に絞り込むよう推奨しました。解析対象画像が3分の1に減るからでしょう。
この発表は、当時浮上していたデータ隠し疑惑の火に油を注いでしまいました。治験のスポンサーが都合の良い結果を出すためにデザインを変えた、と受け止められてしまったのです。このパネルには主研究者は参加していませんでした。このため、スポンサーが研究者に圧力をかけた、つまり、研究の自由を侵害したとの批判も招きました。結局、主評価項目変更は断念されることになりました。
メーカー側によると治験の結果が明らかになったのは08年に入ってからのことです。デザイン変更を企図した段階では結果を予測できなかったのですから、メディアが同社を攻撃しているのはやり過ぎと私は思っていました。
メーカー側の説明に疑問が生じたのは、第一に、治験論文でデータの品質には問題がないことが強調されていたからです。第二は、下院エネルギー商業委員会が入手した、当時の関係者の記録やEメールの内容が、メーカー側の説明と一部、食い違うからです。
まず、『同一人とは思えない画像』があったのは全体のごく一部であったことが明らかになりました。治験論文に記されていたように、この試験のデータの品質が特に悪いというわけではなかったのです。
次に、メーカー側が、アテローム肥厚の標準偏差が小さいことに懸念を持っていたことが明らかになりました。小さな差でも有意差が出てしまう可能性があり、結果がもしZetiaに悪いものであったら困るし、良い結果であったとしても『臨床的には意義がない』と一蹴されてしまう可能性があることが理由です。
更に、エキスパート・パネルの役割に関しても疑問が浮上しました。メンバーの一人であるJames Stein博士が、メーカー側がFDAに提出しようとしていた議事録に異議を唱えていたことが判明したからです。博士のEメールによれば、この会議の性格はメンバーが自由に意見を述べるというもので、デザインに関する推奨などしなかったし、決も取らなかったというのです。
メーカー側が主張しているように、断片的な記録に基づいて決め付けるのは危険です。しかし、今回公表された情報で改めて疑惑が浮上したことは否定できません。下院委員会が真相を明らかにすることを期待します。
関連リンク
- 下院エネルギー・商業委員会が公表した当時の記録やEメール
- メーカー側がENHANCE試験の主評価項目変更を発表した07年11月19日付プレスリリース
- メーカー側が発表したENHANCE試験の経緯を記した資料(pdfファイル)
- シェリング・プラウが投資家向けに公表した08年1月と2月の関連製品の処方箋数を示す資料(pdfファイル)
EzetimibeはHDL-Cを妨げる? ― 2008年04月20日
ENHANCE試験に関するビデオ・インタビューが医療従事者向けウェブサイトMedPageに掲載されています。
アメリカの医療従事者向けウェブサイトは凄いですね。製薬会社・医療機器メーカーの太鼓持ち的なサイトもありますが、MedPageやtheheart.orgのように独立的・客観的なサイトも複数存在します。この二つのサイトと、医療従事者が運営しているWikidocは、『あなたはZetia(ezetimibe)の処方を減らしますか?』というきわどい内容のアンケートを行っています。MedPageとtheheart.orgはAvandia(rosiglitazone)の心筋梗塞リスクに関するメタアナリシス論文が刊行された時も同様なアンケートを行いました。関係者は、Noのボタンを何度も押すのが大変だったでしょう。一方、Medscapeは個別の薬に関するアンケートは実施していません。Web MDに買収されて以来、メーカー志向が強まっているように感じていましたが、この辺りにも経営方針が反映されているのでしょう。
MedPageのビデオ・インタビューは、Allen Taylor博士に意見を聞いた上で、Evan Stein博士に疑問点をぶつけるという構成になっています。Stein博士はZetiaを支持する側を代表したような格好になっています。Taylor博士はNew England Journal of MedicineにZetiaに批判的なエディトリアル論文を発表しました。
議論の内容は、前回書いたものとほぼ同じでした。Stein博士は薬がフェールしたのではなく、試験がフェールしたのだと主張しました。ヘテロ接合型家族性高脂血症の治療が進歩して長年に亘って十分な治療を受けるようになった結果、治験開始時点のアテローム肥厚が過去の治験(例えばASAP治験)と比べて小さく、治験期間中の肥厚も小さかったためZetiaの効果を検出できなかった、というのです。
それに対して、Taylor博士は治験のサブポピュレーション・アナリシスに注目し、治験開始前にスタチンを服用していなかった患者にも、アテローム肥厚が比較的大きかった患者にも、効果はなかったと反論。Stein博士は、症例数が少ないので信頼性は低いと切り返しました。『直接対決』ではないので、議論はここで終わってしまいました。
参考になったのは、ZetiaはHDL-Cの作用を妨げる可能性がある、というTaylor博士の指摘です。この薬の作用機序はNPC1L1というトランスポーターを阻害することによって食物中の脂肪が腸で吸収されるのを抑制することですが、同時に、SRB1というHDL-Cと連携する受容体も阻害します。細胞が脂肪を排出しHDL-Cに渡す時の経路の一つがSRB1ですし、肝臓がHDL-Cから脂肪を受け取る時のレセプターもSRB1です。LDL-C低下による効果が、HDL-Cの機能を阻害することによるネガティブな効果によって相殺されてしまうのではないか、と疑っているようです。
また、一般名からも分かるように、この薬は元々、ACAT阻害剤として開発されていましたが、ACAT阻害剤はファイザーのavasimibeも、第一三共のpactimibeも、冠動脈アテローム試験で肥厚抑制作用が確認されず、開発中止になりました。
とはいえ、Zetiaがアテロームに有害であることは確認されていません。ENHANCE試験では数値上、偽薬群より肥厚が大きかったですが、有意には達していません。シロともいえないがクロと決め付けることもできないのです。
Taylor博士はezetimibeとナイアシンを比較する頚動脈アテローム試験を実施しているそうです。もしezetimibeがアテロームに有害なら、被験者を守るために治験を中断すべきでしょうが、博士は止めるつもりはなさそうです。疑惑は持っているものの確信ではない、ということなのでしょう。
スタチンはLDL-C低下作用だけでなく多彩な作用を持っています。研究者にとっては魅力的な研究対象ですが、多彩な作用は一歩間違えると多彩な副作用になってしまいます。スタチンは良い作用が多いのでしょうが、PPAR作動剤は好ましくない作用も多そうです。Zetiaも多彩な作用を持っているようですので、十分に調査する必要がありそうです。
ENHANCE試験のその後 ― 2008年04月12日
3月のACCアメリカ心臓学会でZetia(ezetimibe)のENHANCE試験の結果とエキスパート4人のコンセンサス・オピニオンが発表された後も、活発な議論が行われているようです。医療関連ウェブサイトでシェリング・プラウが主催した記者会見の様子を見ることができました。別のサイトでは、豪華メンバーの座談会を視聴することができました。ACCやNew England Journal of Medicine誌の論評とは異なり、様々な意見を聞くことができました。
ACCのパネルが厳しい判決を下したことには、本当に驚きました。私はパネル・ディスカッションを想像していたので、議論を経て最終的にどのような結論が出るのか楽しみにしていたのですが、4人のパネリストは学会前に結論を出していたようで、裁判に例えれば判決文を読み上げただけでした。
実は、ENHANCE試験を主導し学会発表を行ったJohn Kastelein博士もパネル・ディスカッションを想定していたとの事です。博士はZetiaが頚動脈アテロームを抑制できなかった理由として仮説を三点、上げました。パネリストが一つ一つ議論してくれたら聴衆にとって大変有益だったでしょうのに、残念なことです。そこで、主要な論点・見解をまとめてみました。
ENHANCE試験の敗因
最初に、Kastelein博士の意見を振り返りましょう。博士はENHANCE試験の敗因として、以下の仮説を上げています。
- ezetimibeには頚動脈アテロームを抑制する効能がない。
- 試験方法が適切でなかった。
- 患者が適切でなかった。
一番の仮説については、考えにくいと語っています。この試験では、simvastatinの80mgと偽薬を投与した群ではLDL-Cが39%低下したのに対して、simvastatin(同)とZetia(10mg)を投与した群では56%低下しました。過去の頚動脈アテローム試験ではLDL-Cの低下と中内膜肥厚の進捗が逆相関していることを考えれば、Zetiaだけ例外と考えるのは無理がある、と主張しました。
一方、Zetiaの効能を疑う研究者は、LDL-Cはどこまで下げるかだけでなく、どうやって下げるかも重要と主張しています。スタチンは多彩な効能を持っていて、血清LDL-C値の低下がもたらす作用だけでなく、血管の炎症を抑制する作用などもアテローム退縮に寄与しているというのです。
この点に関しては、Kastelein博士は、スタチンが多彩な効果を持つという理論は裏付けが十分ではないと反論しています。
私も「多彩な作用」論には今ひとつ、納得できません。生物学的には確認されていることなのでしょうが、心筋梗塞・狭心症を防げるほど強力ならば、アウトカム試験の成績に反映されているはずですが、現実には、どの薬を使ってもLDL-C低下幅と心筋梗塞リスク低下幅は同じように相関しています。Zetiaが例外と断定する前に、他の要素を十分に検討したほうが良いように思います。
また、ENHANCE試験の失敗が報じられた時に、一部の研究者はメディアに対して、ezetimibeはCRPが低下しないので炎症抑制作用が乏しいはずという発言をしましたが、ENHANCE試験でも、過去に行われた短期間の試験でも、CRPは低下しています。
二番目の仮説に関しては、博士は、過去に様々な試験が成功しているのだから手法を疑う余地は小さいと語っています。
しかし、この試験に関しては過去一年間、様々な裏話が報道を賑わしています。06年春に完了した試験の結果発表が遅れた理由として、博士は画像の読み取りに手間取ったことを、シェリング・プラウとメルクは個々のデータの信憑性に疑問が生じて画像や解析方法を再検討しなければならなくなったことを指摘しています。これでは、治験結果を額面通り受け容れることはできません。
博士は三番目の仮説を有力と考えているようです。被験者のベースライン時点の中内膜肥厚平均値が過去の試験より小さいことに注目し、治療の進歩によって病状を抑制することができるようになったため、それ以上改善しようと試みても大きな治療効果が出にくくなったのだと推測しています。
しかし、反対意見のほうが強力に見えます。ENHANCE試験のサブグループ分析では、ベースライン時点の中内膜肥厚が大きかった患者や、それまでスタチンを服用していなかった患者でも、アテローム退縮作用は見られませんでした。
そもそも、治験対象のヘテロ接合型家族性高脂血症はLDL-Cが著しく高いので、simvastatinだけを投与した群では平均で193mg/dLにしか低下しませんでした。平均年齢が40代後半でスタチンを服用しているのにLDL-Cが193mg/dLと高い、となれば、例え冠動脈疾患歴がなかったとしても、治療が上手くいっているとは言えないでしょう。
ENHANCE試験を巡る議論でおかしいのは、治験対象から逸脱していることです。家族性高脂血症の試験で新しい治療手段が上手く行かなかったのですから、真っ先に議論しなければならないのは、今後、スタチンの最大用量を服用している中内膜肥厚が小さい患者の治療をどうすべきか、ということでしょう。Kastelein博士はメディアのインタビューに答えて、今後もこのような患者にはezetimibeを投与すると言っています。これは、治験の敗因は被験者が適切でなかったこと、という主張と矛盾しているのではないでしょうか。
次に、theheart.orgの座談会に耳を傾けてみましょう。Harlan Krumholz博士(ACCでコンセンサス・ステートメントを発表した研究者)とSteven Nissen博士(Vioxx批判やAvandia批判を繰り広げた実績のある研究者)以外のメンバーは、今回の試験結果だけでは判断できないと考えているようです。欧州の研究者は、ENHANCE試験の結果が出ても何も変わらないと断じました。
しかし、それはそれとして、第一選択薬はスタチンという認識には異論が出ませんでした。結局のところ、Krumholz博士やNissen博士の危機感は、臨床的転帰を改善する効能が確認されていない薬がアメリカだけで数百万人に用いられているという医療実態が原因のようです。その殆どは家族性高脂血症ではないのですから、おそらく、ENHANCE試験の結果が発表される前から問題意識を持っていたのでしょう。
ところが、意外なことに、パネリストの一人が発したezetimibeの使用実態に関する質問に誰も答えられませんでした。スタチンと併用している患者のうち、低用量と併用している人はどれくらいいるのか、という質問です。ezetimibeが安易に使われているとか、医療の実態がガイドラインと乖離しているとか主張するなら、当然、知っていなければならない情報でしょう。医療の実態を十分に把握しないで医療の実態を批判するのはナンセンスです。
ACCのパネルは、一にスタチン、二は別のスタチン、それでも駄目ならナイアシンやフィブレート、レジン(胆汁酸吸着剤)を用いることを推奨しました。Kastelein博士がシェリング・プラウの記者会見で反論しましたので紹介しましょう。確かにナイアシンはアウトカム試験が成功したが、症例数は少ない。ホットフラッシュの副作用を嫌って止めてしまう人も多い。フィブレートでは、gemfibrozilの試験が成功したが、スタチンと相互作用があるので使いにくい。fenofibrateはFIELD試験がフェールしたし、そもそも、オランダ(博士はオランダの病院に在籍)では承認されていない。従って、別の選択肢が必要というのです。
私も賛成です。ナイアシンの試験は何十年も前の話ですので、医療や薬剤が進歩し、多くの人がスタチンを服用している今日でも有効なのか再確認する必要があるでしょう(オックスフォード大学を中心に大規模な試験が進行中です)。フィブレートは英国の規制機関MHRAが昨年11月のDrug Safety Updateの中で、エビデンスや安全性に疑問を投げかけています。そもそも、これらの薬の忍容性が十分ではないからこそ、ezetimibeのような忍容性面ではトップクラスの薬が人気を集めたのではないのでしょうか。
このように、個々の論点は議論の余地があると思いますが、総体的に見て、ACCのパネルの推奨はリーズナブルであるように思われます。理解できない事象が発生したのですから、理解できるようになるまで保守的なスタンスを取るのが現実的な対応でしょう。
関連リンク- MedPageToday:シェリング・プラウ記者会見のウェブキャスト
- theheart.org:ENHANCE試験座談会(要登録)
- cardiosource:ENHANCE試験に関する読者のコメント(何と、Nissen博士も書き込みをしています)
- Pharmalot:ENHANCE試験に関する読者のコメント(何と、Krumholz博士が書き込みをしています)

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